連載エッセイ第六回

このエッセイは、弊社がお得意様向けに発行している『ちゃーげんきだより』の中で、弊社社長の川畑が連載しているものです。
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フランクル心理学

どんな時も人生には意味がある

フランクルは心理学者(精神科医)で「夜と霧」(ある心理学者の収容所体験)の著者として知られています。

ユダヤ人であったためナチスに捕らえられ、過酷な収容所生活を余儀なくされました。

その収容所での捕虜たちの生活は悲惨きわまるものでしたが、ある者は自らのパンを別の者に与え、またある者は夕陽の美しさに感動する心を見失いませんでした。過酷な収容所から生還したのは頑健な捕虜より、希望を見失わなかったインテリな捕虜がほとんどでした。

 

幸福主義だけではむなしい

現代人のほとんどが「人に迷惑さえかけなければ何をしてもいい。とにかく自分の幸せが一番大事」という「幸福主義」の生き方です。すでに豊かさが実現されてしまったこの世の中で「自分の幸せ」だけを追い求め続けて果たして幸せでしょうか。

現代人の、自分の幸せが一番大事、自分さえよければいいという生き方が、なぜか生きることに対する深いむなしさの感覚を生み出してしまっているようです。

このように、日本の社会は「生きる意欲」が失われ「心のむなしさ」がますます繁殖しています。「自分は何をなすべきか」「どこへ向かうべきか」という意味や目的を見出せず大きな虚無感に包まれています。それにしても、私たち日本人一人ひとりに目を向けると「幸福になりたい」「充実した人生を生きたい」と涙ぐましいほどの努力をしているにもかかわらず、大半の人が幸福感を味わえないのはなぜでしょうか・・・。

 

生きているっていいことだなあ

毎日の決まった仕事に疲れ果てて、ややこしい人間関係に嫌気がさした仕事の帰り道、ふとため息をついて立ち止まり、星のきらめく夜空を見つめる。夜の冷たい空気に触れながらしばらく夜空を見つめていると、この世界そのもの、宇宙そのものに意味とか秩序とかが満ち満ちているのを感じることができる。

一見単なる偶然にも見えるこの事実。どこまでも続くこの果てしまい時間と空間の中で、他のいつでもない今この時代、この時、この地球のこの国のこの場所に、なぜかこの私という人間が存在し生きている。

この宇宙の中、この世界の中に、今私が存在し与え置かれているという謎に満ちた事実・・・。

私たちは親も選べないし、人種も国も、いつの時代に生まれてくるかも選べない。私たちの人生は自分で選び取ったかのようだが、気づいたときには選択の余地なく定め置かれていたからこそ、それだけで、意味があると思わないではいられないのだ。私たちは何をしてもいいし、しなくてもかまわないような存在ではない。私たち一人ひとりには、この人生で「なずべきこと」「充たすべき意味」が与えられている。

この世の中で「誰か」が「何か」が私たちを必要としている。このように考えてみると、私たち人間は人生のほうから問いかけられている存在なのではないだろうか。私たちは、その必要とされ問いかけられている人生に責任を持って答えなくてはならない。あなた様は人生の目的をどのようにお考えでしょうか。

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